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家にやってきた伝説の赤ラベル!!

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ひょんなことから、アコースティック・ギターを頂いた。ハード・ケースから日本製のギターであろう検討はついたのだが、まさかあの伝説のギターだとは。

受け取りに行って、ケースを空けてびっくり、出てきたギターは巷ではプレミア価格で売られているヤマハのFG-180。それも当時、赤いラベルが貼られていたことから“赤ラベル”と呼ばれる年代のもので、よく鳴るという話もあってか、定価が18,000円のものであったが、現在では5万円前後〜状態の良いものだと、8万円ぐらいで売られているようだ。

とはいえ、40年近く前の18,000円であるから、現在の価格に直すともっと高額であったと思うのだが。

これはラッキーである。世の中、捨てる神ありゃ、拾う神あるなんて、言ったもんだが、まさにそんな気分。師走の寒空の中、素晴らしい伝説のギターを持って家路についた。

さっそく家に帰って試奏といきたいとこなのだが、あれやこれや調べてみたくなってしまうのは、機材オタクの性。それまで大きな興味を抱いていなかったが、自分のものになった瞬間、何年頃のギターなのか、仕様はどうなのか、なんてことを調べないと気がすまなくなってしまう。調べないと落ち着いてお酒も飲めない。

さっそくインターネットの検索サイトに“YAMAHA FG-180”と入力して、検索を開始すると、たくさんのページがヒット。このギターが多くの人から認知され、愛されているのが十分すぎる程、わかった。

ほとんど、どのページもこのモデルへの愛が溢れるもので、多くの人に影響を及ぼしたモデルであるということが伝わってくる。そこに書かれているのは、時には甘酸っぱい思い出だったり、時にはマーティンやギブソンに憧れても買えなかった話であったり、ミュージシャンになれなくとも、たくさん書き綴った頃の話だったり。

1960年代後半〜70年代前半にかけてフォークブームの中で、たくさんのギターファンの傍らにあったであろう、ヤマハのFG-180。価格的にはマーティン社やギブソン社のもののほうが高値の花だったわけだが、そういった尺度では表せない素晴らしさがFGには宿っている。

調べれば調べるほど、このギターは奥が深いことがわかったが、写真のFG-180は各部の仕様やシリアルナンバーから、1970年後半〜71年前半頃のギターのようだ。判別の材料となったのは、ブランドロゴが音叉マークである点、シリアルナンバーが7桁である点、それから大型のピックガードが付けられている点、そしてポジションマークがスモール・サイズな点である。中にはボディ内部に日付が記されているものもあるようだが、このFG-180には見当たらなかった。

肝心のサウンドだが、やはり鳴る。いま持っているどのアコースティック・ギターよりも音量はでかい。確かにストリート・ミュージシャンにお薦めと書いてある、たまに見かけた中古楽器店のポップにも素直に頷けるほどの音量である。その音色は、マーティンのギターのように豊かな倍音成分があるわけでもなく、ギブソンのようなパワフルかつ歯切れの良いサウンドでもない。どことなく、ヴォリュームあるサウンドの中にも、ウェットな質感を持っているように思える。例えるならば、出来立てのカレーではなく、2〜3日寝かせたカレーの味とでも言えるような、ほど良く熟成され、家庭的な旨味が凝縮されたようなサウンドである。どこか懐かしい、どこか切ない、どこか温かい、そんな心休まる音。さすが、多くの人に愛されるギターだ。

ここでFG-180の歴史を簡単に説明すると、まずこのギターが登場したのは1966年のこと。当時は、赤いラベルではなく薄い緑色のラベルが付けられていたため、ライトグリーンと呼ばれている。その後、67年に赤いラベルが貼られたFG-110、FG-230が発売されると、68年にFG-180も赤ラベルに統一された。また初期のモデルは、トップがスプルースの単板、バックがマホガニーの単板であったが、発売から少し経って、合板に変更されたようだ。さらにヘッドのロゴは、発売当初“YAMAHA(平体)”で入れられていたが、それが67年に長体に変更され、そして69年に写真のモデルのような音叉マークへと変更された。そして72年まで生産された。

先にも書いたが、現在ではプレミア価格で取り引きされているFG-180。もちろん素晴らしい鳴り、そして価格に見合うだけのクオリティーを備えたものもある。そうは言っても、いつまでも多くの人の傍らに置いてあって、気軽に弾けるような存在であってほしいと思ってしまう。そして筆者を含めて、このギターが発売された当時に生まれていなかった世代に引き継がれ、また新たな曲がこのギターによって書かれることを、想像してしまう。たぶんFG-180で書かれた曲は、家庭的で、人間臭くて、どこかちょっと切ない感じなのかもしれない。そんな歌を聴いてみたいと思った。