ロック界のレジェンド、イアン・ハンターの新作『フィンガーズ・クロスト』が素晴らしい。1970年代におけるブリティッシュ・ロックの伝説的なバンド、モット・ザ・フープルのリーダーとして活躍し、その後ソロとして『イアン・ハンター』や『オール・アメリカン・エイリアン・ボーイ』など、数多くの味わい深いアルバムをコンスタントにリリースしてきた。16年初頭にアメリカ・ニュージャージーのHOBOスタジオで制作された『フィンガーズ・クロスト』は味わい深いボーカルと歌詞、円熟味を増しながらもエネルギッシュな独自のロックを展開。今年77歳を迎えても、なおその音楽性を前進させ続けるイアン渾身の1枚と言える。今回、イアンが新作と自身の音楽について、縁の深いデヴィッド・ボウイや過去の名作について語ってくれた…
ボブの歌を聴いて自分にも歌えるって思ったんだ
本作は、16年初頭にアメリカ・ニュージャージーのHOBOスタジオでレコーディングされたそうですが、なぜイギリスではなくアメリカのこのスタジオでレコーディングを行おうと?
地元のスタジオで、素晴らしいエンジニアがいるんだ。ドラム・サウンドにはいつも苦労するんだが、彼はドラムを叩くので、クールなドラム・サウンドを録ってくれるのがありがたいね。
デヴィッド・ボウイはモット・ザ・フープルの『オール・ザ・ヤング・ドューズ』でプロデュースを担当し、彼の『スパイダー・フロム・マーズ』時代のギタリスト、ミック・ロンソンとあなたは非常に深い関係を築いてきました。あなたにとってボウイはどんな人物でしたか? 特に印象に残っているエピソードがあれば教えて下さい。
当時、彼はまだスーパースターではなく、若くて、私たちと同じ仲間という感じだった。親切で素晴らしい男だったよ。みんなデビューする前は工場なんかで働いていて、絶対そういう生活には戻りたくないと思っていた。反逆の精神もあったね。パンクのような意識を持っていたんだ。
本作は、ギターやベース、マンドリンなど弦楽器の音がとても生々しいですが、レコーディングではどんなギターやアンプを使いましたか?
えーっ?わからないよ!(笑)
わからないんですか?
うん、本当にわからない。たしかレスポールとES-335は使ったと思うけど、楽器には誰もこだわっていないからねえ。アンプも同じだよ。あるものを使うって感じなんだ。
ということは、スペシャルなギターとかヴィンテージとかは使っていないということですね。
ああ、全くスペシャルな機材は使っていないよ。マーク・ボシュはレスポールをメインに使っていたけど、それも年代物じゃない。演奏して良いサウンドだと思えばそれでいいんだ。それが誰かから借りてきたものでもコンピューターで作ったものでもね。
今年日本では、クイーンの久々の来日で大きな盛り上がりをみせています。クイーンと言えば、クイーンはモット・ザ・フープルの前座を務めたことで知られますが、このライブはどのようにして実現したのですか? 当時クイーンのメンバーとはどんな話をしたのでしょうか?
キッスもエアロスミスもモット・ザ・フープルの前座をやったよ。クイーンとはとても仲良くなり、今でもブライアンとロジャーとは連絡を取り合っている。彼らと会ったらよろしく伝えておいてくれ。当時前座をやるためにはメインのバンドに金をはらわなくてはならなかったんだ。ある時、クイーンというバンドが前座をやりたがっていると聞き「いくら払ってくれるんだ?」と聞いた(笑)。それがクイーンとの出会いだったよ。でも、彼らとは一緒にツアーをしていろいろな話をして、すごく仲良くなった。いつも自分の出番の前、クイーンのステージの最後の2曲、「ライアー」と「キープ・ユアセルフ・アライヴ」を聴いていたのを覚えているよ。どちらも素晴らしい曲だった。
あなたが音楽的にリスペクトする人物に、ボブ・デイランが挙げられます。モット・ザ・フープルのオーディションでディランの「ライク・ア・ローリングストーン」を歌ったという逸話もありますが、若き日のあなたは、ディランのどんな部分に影響を受けたのでしょうか?
ディランは歌詞が素晴らしいね。私はイギリス人だから彼の歌詞を読んでもわからないことがあるんだけど、それでも彼はすごい歌詞を書く。あとは彼の歌い方が好きなんだ。彼はポール・ロジャースやスティーヴ・ウインウッドのような特別な声を持つ、歌唱力のある、生まれながらのシンガーではないけど、あの歌い方が好きなんだ。
あなたの歌や声もディランに似ていますよね。
彼のように歌いたいと思っていたからね。自分の歌に自信がなかった頃、ボブの歌を聴いて、自分にも歌えるって思ったんだ。だから彼の歌い方を真似したよ。それを続けているうちに、人真似ではなく、自分のスタイルを持つことが大事だと思うようになってきた。
あなたの深みがある歌詞はとても心を打ちます。普段曲や歌詞を書く時、どういったことにインスパイアされるのでしょう? 本や映画、日々のニュースや出来事に影響されることはありますか?
その時によって違うよ。デヴィッド・ボウイが亡くなった時はショックで、すぐに「ダンディ」を書き始めた。本を読んだり絵を見たりして閃くこともある。ある朝急に歌詞の一部が頭に浮かぶことがあり、それはどこから来たのか自分でもわからないことがある。インスパイアされるものはそこら中にあるけど、次に何にインスパイアされて曲が出来るのかは予想がつかないんだ。口に出して言うとそれが現実にならないから、この辺でやめておくね(笑)
以前から非常に興味があったのですが、あなたの『オール・アメリカン・エイリアン・ボーイ』には、デヴィッド・サンボーンやジャコ・パストリアスなど、当時NY界隈の名だたるミュージシャンが参加しました。このアルバムは、ジャコのファンからも今も愛され続けている名作ですが、なぜ彼らを起用しようと思ったのですか? ジャコに対して印象に残っている出来事があれば教えて下さい。
あのアルバムにはたくさんのミュージシャンが参加しているよね。ドラマーはエンズレー・ダンバーだし、ピアノを弾いているのは、クリス・スペディング・・・じゃなくて・・・ジョー・コッカーとやっていた・・・
クリス・ステイントンですね。
そうそう、クリス・ステイントンだ。デヴィッド・サンボーンも素晴らしい演奏をしてくれた。クイーンのメンバーもコーラスで参加してくれたよ。でもこのアルバムは評判が悪かったんだ。スロー・バラードの曲が多かったからモット・ザ・フープルのファンはがっかりしたようだよ。私の昔からのファンは、ロックンロール・キッズだったからね。でも、もっと年配のファンやジャーナリストは気に入ってくれたよ。デフ・レパードのジョー・エリオットが言っていたよ。「当時は子供だったから、あのアルバムを聴いてがっかりした」って。でも今は大好きだそうだ。私はただ、ああいうアルバムを作ってみたかったんだ。周りに素晴らしいミュージシャンがたくさんいるのだから、彼らに参加してもらってね。ジャコはBSTのドラマーだったボビー・コロンビーに紹介されたんだ。ジャコとは会った瞬間に気が合ってすぐに仲良くなった。まだ彼は21歳で、いろいろなことを話したよ。あのアルバムをレコーディングした頃はしばらくうちで一緒に暮らしていた。スタジオに行く車の中で片道1時間、ジャコは毎日ジョークを言うんだ。2週間毎日ね。絶対に同じジョークは言わなかった。でも日に日にそのジョークがひどくなっていくんだ。楽しかったよ。すごい野心家だったけど、それが良い演奏に繋がったね…。
Interview by TAKAHIRO HOSOE
Translated by MUTSUMI MAE
Photo by ROSS HALFIN
イアン・ハンター
フィンガーズ・クロスト
リスペクトレコード CD RES-287
10月19日発売 2,600円(税抜)